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コラム

めぐりヨガの講師たちが紡ぐ、日々と学びの小さな物語。ヨガと向き合うなかで感じたこと、大切にしている価値観、日常にある静かな気づき…。めぐりヨガの世界を、そっとのぞいてみませんか。

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ポジティブ思考が合わない人へ

ポジティブ思考が合わない人へ

「もっと前向きに考えよう」「ネガティブは良くないよ」 そんな言葉に、心が疲れてしまうことはありませんか? ポジティブ思考は、とても素敵な考え方です。でも、すべての人に、いつでも合うわけではありません。 無理に前向きにならなくていい つらいときに「大丈夫」「きっとうまくいく」と言い聞かせるほど、心の奥では「本当は全然大丈夫じゃない」という声が大きくなることがあります。 それは、あなたが弱いからではありません。心が正直なだけです。

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瞑想が苦手な人ほど知ってほしいこと|バガヴァッド・ギーターから学ぶ

瞑想が苦手な人ほど知ってほしいこと|バガヴァッド・ギーターから学ぶ

「瞑想しようとすると、逆に雑念だらけになる」「じっと座っているのがつらい」「向いていない気がする」 もしあなたがそう感じているなら、実はそれは、とても自然なことです。 瞑想が苦手だと思っている人ほど、知ってほしい大切な視点があります。 ① 瞑想は「うまくやるもの」ではない 多くの人が、瞑想を「無にならなければならない」「心を静め続けなければならない」と思い込んでいます。 けれど、心は本来、動くものです。 『バガヴァッド・ギーター』でも、アルジュナはこう告白します。 「クリシュナよ、心は動揺して頑固である。心を抑えることは、風を抑えるほどに難しいと私は思う」(6章34節) これは失敗の告白ではなく、人間の真実です。 雑念が浮かぶことは、瞑想が下手なのではなく、「心が正直に現れている」ということ。 何も間違っていません。

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アパリグラハ(Aparigraha)とは?|ヨガ哲学が教える「手放す」という本当の意味

アパリグラハ(Aparigraha)とは?|ヨガ哲学が教える「手放す」という本当の意味

アパリグラハ(Aparigraha)とは? ― ヨガ哲学が教えてくれる「本当の手放し」 Aparigraha(アパリグラハ)は、ヨガ哲学・八支則のひとつで、日本語ではよく「不貪(ふとん)」「執着しない」「手放す」と訳されます。 でもこれは、 ・何も持たない ・我慢する・欲を否定するという意味ではありません。 ここを誤解すると、アパリグラハは「苦しい教え」になってしまいます。本来のアパリグラハは、心を軽くし、自由にするための智慧です。

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アヴィディヤとは?ヨガ哲学が教える「苦しみの原因」と思い込みの正体

アヴィディヤとは?ヨガ哲学が教える「苦しみの原因」と思い込みの正体

アヴィディヤ(無知・思い込み)とは何か ― 私たちが苦しむ本当の理由 ― 「どうして私は、同じことで悩んでしまうのだろう」「もう分かっているはずなのに、心が苦しくなる」 そんなふうに感じたことはありませんか。 ヨガ哲学では、私たちの苦しみの根っこにはアヴィディヤ(Avidyā/無知・思い込み)があると教えています。 アヴィディヤとは、本来の自分や物事の本質を、正しく見られていない状態のこと。 知らないからダメなのではなく、「思い込みを、事実だと信じてしまっている状態」を指します。

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明けましておめでとうございます!

明けましておめでとうございます!

新年、明けましておめでとうございます。 新しい一年が幕を開けました。「今年はどんな一年になるのだろう」「私はどんな自分でいたいだろう」そんな問いが胸に浮かぶのは、新しい年だけが持つ特別な魔法なのかもしれません。

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年末のご挨拶|めぐりヨガより感謝を込めて

年末のご挨拶|めぐりヨガより感謝を込めて

皆様、今年1年も本当にありがとうございました。 振り返るとこの一年は、うまくいった日も、思うようにいかなかった日も、どちらも等しく「大切な学び」だったように感じます。 講座やオンラインクラスで私たち自身が何度も支えられ、学ばせていただきました。 毎年こうやって皆様にご挨拶できることが何より尊いことだと思っています。 ヨガの時間は、何かを足すためのものではなく、すでに持っているものに気づくための時間でもあります。また、自分や他者を大切にする生き方でもあります。 このような素敵なヨガの教えを来年も忘れずに邁進していきたいと思っております。

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ヨガで心と体を整えるヒントをお届けする「ヨガですこやか相談室」。

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