コンテンツにスキップ
瞑想が苦手な人ほど知ってほしいこと|バガヴァッド・ギーターから学ぶ

瞑想が苦手な人ほど知ってほしいこと|バガヴァッド・ギーターから学ぶ

「瞑想しようとすると、逆に雑念だらけになる」
「じっと座っているのがつらい」
「向いていない気がする」

もしあなたがそう感じているなら、実はそれは、とても自然なことです。

瞑想が苦手だと思っている人ほど、知ってほしい大切な視点があります。


① 瞑想は「うまくやるもの」ではない

多くの人が、瞑想を
「無にならなければならない」
「心を静め続けなければならない」
と思い込んでいます。

けれど、心は本来、動くものです。

『バガヴァッド・ギーター』でも、アルジュナはこう告白します。

「クリシュナよ、心は動揺して頑固である。心を抑えることは、風を抑えるほどに難しいと私は思う」
(6章34節)

これは失敗の告白ではなく、人間の真実です。

雑念が浮かぶことは、瞑想が下手なのではなく、「心が正直に現れている」ということ。

何も間違っていません。


② 雑念に気づけること自体が「瞑想」

「また考え事をしてしまった…」
そう気づいた瞬間、何が起きているでしょうか。

その時、実はあなたは思考そのものを「見ている側」に立っています。

ギーターはこう教えます。

「行為の結果に執着するな。ただ行為にとどまれ」
(2章47節)

ここでいう「行為」は、呼吸を感じること、今に気づくことでもあります。

ここでいう「結果」は瞑想に集中できたかどうかにとらわれないということです。


③ じっと座れない人にこそ向いている瞑想がある

もし座る瞑想が苦手なら、無理にその形に合わせる必要はありません。

・歩きながら足裏の感覚に気づく
・食事中、噛む感覚を味わう
・シャワーの水の温度を感じる

ギーターでは、
「行為の中での気づき」が繰り返し説かれています。

瞑想とは、「特別な姿勢」ではなく、
今この瞬間と共にある態度なのです。


④ 「苦手」だと感じるのは、真剣な証拠

瞑想が苦手だと感じる人ほど、自分の内側をちゃんと見ています。

本当に見ていなければ「雑念が多い」ことにすら気づきません。


瞑想が苦手な方へ

瞑想が「できない自分」を、
あなたはどんな目で見ていましたか?

責めていましたか。
比べていましたか。
それとも、ただ事実として見ていましたか。

瞑想の本質は、
心を変えることではなく、心との関係を変えること


気づきがあるだけで十分。

結果に執着することなく、日々の瞑想に取り組んでみてください。


前の投稿 次の投稿
めぐりヨガ ヨガ指導者資格スクール

めぐりヨガに触れてみませんか?

めぐりヨガは、ヨガの素晴らしさを知っていただけるように、無料で参加いただけるサービスをご用意しております。お気軽にご参加ください。

LINE公式アカウントに登録する

50代からの やさしくはじめるヨガ講座

整った暮らしの中で、体も心も健やかに保ちたい。
そんなあなたにこそおすすめなのが、毎日続けやすいヨガです。

詳細はこちら

無料オンラインワークショップ

毎月、ポーズの他にも座学がレシピの紹介など、めぐりヨガのプチ講座が体験できるワークショップを企画しています。

詳細はこちら

無料オンラインクラス

毎週水曜・土曜開催

ご予約不要でご参加いただけます。

詳細はこちら

お問い合わせ